松井新二郎初代会長のごあいさつ

松井新二郎

松井新二郎(まついしんじろう・故人)

大正3年12月28日、山梨県生まれ。
日本大学大学院文学研究科(心理学専攻)中退。山梨県立盲学校長事務取扱い、国立東京視力障害センター相談室長、同研究室長、東北大学視覚欠陥学教室講師などを経て、昭和51年から社会福祉法人・日本盲人職能開発センター所長。また、社会福祉法人・日本盲人社会福祉施設協議会理事長、社会福祉法人・日本盲人社会福祉委員会常務理事、世界盲人福祉協議会日本代表委員、国際障害者年日本推進協議会副代表など、視覚障害者団体の役員を多数兼務してきた。
多くの人々に惜しまれながら平成7年逝去。
主な受賞=ヘレン・ケラー賞、点字毎日文化賞、厚生大臣賞、文部大臣特殊教育功労賞、吉川英治文化賞、毎日新聞社会福祉賞ほか。昭和55年黄綬褒賞、63年叙勲。

故松井会長筆
故松井会長筆
深い友情でむすばれていた故松井会長と半田晴久名誉会長
深い友情でむすばれていた故松井会長と半田晴久名誉会長

 私は常々、障害者は不自由であっても決して不幸な人ではない、と言い続けてきました。しかし、世の中には、いろいろ障害を持った人を、“可哀想に”“気の毒に”といって同情や憐憫の目で見る人が大勢います。確かに不自由ではありますが、ちょっとお手伝いして頂ければ、あとは全く普通の人なのです。ですから私は長い間、障害を持った人も、社会の中でみなさんと一緒に生きてゆけることを願って活動してきました。

 端的にいえば、障害者に対する差別と偏見をなくしていただきたいと思います。

 差別というのは、制度上の問題としてとらえれば法律が変わればいいのです。

 国家公務員の点字受験が認められたようにあらゆる資格試験が点字で受けられるようになったり、誰でも利用しやすいように公共施設の不便さが改良されることが望ましいのです。これに対して、偏見というのは心理的な問題ですから、徐々に根気良くお互いの意識を変えていくしかありません。

 身障者がどのような社会生活を過ごしているかを見るとその国の福祉レベルがわかるといわれています。目が見えなくともゴルフを、スキーを一緒に楽しむことができる──福祉もここまでくるとその国の文化と言えるのではないでしょうか。私は半田先生の勧めで『手の中の顔』という本を出版させていただいたのですが、その反響は大きく、少しずつ社会の目が変わりつつありことを感じています。

 国際障害者年より7年後の1988年、この記念すべき年に誕生した〔日本ブラインドゴルフ振興協会〕も、今年ではや7年目を迎えようとしています(1995年当時)同じ太陽の下で、同じ土の上で障害ウンヌンの壁を越えてみんなで一緒にゴルフをする、これは人間と人間のふれあいです。日本で初めての当協会が発足出来たのも、その確かな歩みも、半田先生との心の出会いがあったからだと信じます。先生は「視覚障害者をとじこめてはいけません」とおっしゃり、私たち目の不自由な者もゴルフを楽しめるようにその機会を与えて下さいました。私自身、ゴルフ場の緑萌える芝生の上で、大きく空気を吸いながら、新たに生きる喜びを感じたのを、つい昨日のことのように思い出します。他の目の不自由な方も、部屋からでて外の空気を思い切り吸って、それこそ生きている実感を感じたことでしょう。半田先生は、真のハイクオリティ・オブ・ライフを与えて下さる方だと思います。

 私たちは、目は見えなくても、ツエの響きで天気がわかり、声の調子で相手の顔つきや表情がわかります。視覚障害者は観音菩薩のように音で世の中を観ているのだと思っています。私は目に障害を持った人がゴルフを通じて生命の歓喜を知る姿は、経済大国の日本が真の文化国家になることにつながると確信しています。


特定非営利法人 日本ブラインドゴルフ振興協会初代会長
松井新二郎(故人)